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ロヒンギャ難民の方のお話を聞く

  • 執筆者の写真: 杉本 詠美
    杉本 詠美
  • 2024年10月14日
  • 読了時間: 3分

 夏のあいだのあれこれを書こうと思っているうちにあっというまに9月が過ぎて10月も半ば……。もはやいまさら、という感じなので、ひとつだけ、先月の終わりに参加した会のお話を……。


 ミャンマー西部、バングラデシュとの国境付近に住む少数民族ロヒンギャ。ミャンマーが仏教国であるのに対し、ロヒンギャの多くはイスラム教徒だそうです。こうした民族間、宗教間の問題には、長く、複雑な歴史があるもので、この場合もその例には漏れないのですが、「ロヒンギャ難民」が注目を集めたのは、2017年の政府による掃討作戦により、70万いうロヒンギャのひとびとが隣国バングラデシュに逃れたという大きなできごとと、その後いまだに帰還できず、苦しい難民生活を余儀なくされているという事実によります。

 今回お話しくださった男性は、1985年生まれ。その当時すでにロヒンギャはミャンマー国内で迫害を受けており、住んでいたアパートに銃弾が撃ち込まれるなど、命の危険にさらされることがあったり、学校に行くにもロヒンギャであることを隠して通っていたりしていました。中学生になってアウンサンスーチー氏を支持するようになり、高校時代には軍事政権に反対する民主化活動に加わって、そのせいで留置場や刑務所に入れられ、拷問を受けたこともあったそうです。

 2006年に日本に入国、難民申請をしたものの、2008年に却下。理由も教えてもらえず、知りたければ裁判をと言われて、すぐに異議申し立てをしましたが、それも2010年に却下。2012年に国外退去を求められ、その経緯のあいだ、入管にはいつも何も教えてもらえず、一時は施設に収容されたことも。

 以前NHKで放送されたドラマ『やさしい猫』を思い出しました。当事者やその周囲のひとびとの心や事情とはかけはなれた入管システム。ドラマで描かれたり、あちこちで報じられたりしていることがらが、実際に日本で暮らす難民のかたの口から語られることで、事実として重く響きました。


 写真は、その会で配られた、ミャンマーのお菓子「ブリ(ッ)トル」です。黒いのはゴマ、もうひとつはピーナッツをカラメルでかためた、甘いけれど舌に心地いい甘さで、ゴマとピーナッツがとにかく香ばしい(!)おいしいお菓子でした。会場ではミャンマーのお茶も出していただきました。知っているような、知らないような、ちょっとふしぎな味わいでした。どうやら、もち米のお茶のようです。


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 今年、日本原水爆被害者団体協議会にノーベル平和賞が授与されました。核軍縮、核廃絶はヒロシマ、ナガサキの悲願ですが、核兵器にかぎらず、ひとびとの穏やかな日常を人為的に破壊し、命や生きる希望を奪うすべての争いが終わること、紛争や戦争の外にある国においても、やはりひとびとの権利の守られることを、切に願います。

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