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『閉じこめられた「森の人」』

  • 執筆者の写真: 杉本 詠美
    杉本 詠美
  • 6月4日
  • 読了時間: 4分

 原文との突き合わせのお手伝いをさせていただいた本が、刊行になりました。


『閉じこめられた「森の人」』(ミッシェル・カダルスマン作/村上利佳訳/あすなろ書房)


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 物語の舞台はインドネシア。13歳のマリアはマレー半島先住民を父に、カナダ人を母にもつ少女。2年前に父が病死し、母はマリアを連れてカナダにもどりたいと考えています。そもそもカナダへの引っ越しも向こうの学校に入ることも、父がまだ元気だったころに決めた話で、マリアもむしろ楽しみにしていたことでした。けれど、父がいなくなったいま、父の墓や祖母を置いて、生まれ育ったインドネシアとも親友とも離れ、なじみのない遠いカナダで暮らすことなどとてもできない気がして、目下、母に猛反発中。マリアがインドネシアを離れたくないもうひとつの理由に、「活動家になる」という強い決意があります。インドネシアの熱帯雨林に棲む「森の人」――オランウータンが絶滅に瀕していると知り、オランウータンとその生息地を守るという使命感に燃えているのです。

 アリは、マリアとは別の町に住み、別の中学に通う、同い年の少年。貧しい村の出身で、おじの経営するレストランの手伝いをしつつ、そこから学校に通わせてもらっています。アリには一緒に育ったいとこがいますが、親戚もみな貧しかったので、村から町の学校にやれるのはひとりだけ。そこで選ばれたのは、アリでした。いとこのほうがかしこく、何より勉強が大好きだったのに、アリが男で、いとこは女だったから。そのことはアリの胸にひっかかったままで、町に出て以来、いとこに手紙を書くこともできないでいます。けれど、勉強とレストランの手伝いに追われる毎日のなかで、アリはひとつ、新たな楽しみを見つけてもいました。中学に入ってたまたま始めたチェスにのめりこみ、めきめき腕を上げて、学校代表チームの一員に抜擢されるまでになっていたのです。その大会で訪れた学校で、アリはすれちがいざまにひとりの少女からビラを手渡されます。

 ビラは、マリアがその日の発表の時間に配るために作ったもので、パーム油不使用をうたった商品の販売禁止に抗議する嘆願書にもなっていました。パーム油農業は森林破壊の要因ですが、大きな経済効果を生んでいるために、産業の保護政策として、政府は環境に優しい「パーム油不使用」の製品を締め出そうとしています。「パーム油製品を買わない、使わない」という行動は子どもにもできる森林保護活動だけれど、そもそも「不使用」の表示がない、不使用の製品が店にないというのは、その選択の自由を奪う行為だ、というわけです。でも、マリアが熱弁をふるった発表と、意気揚々と配布した嘆願書は、思ってもみない結果を生んでしまいます。

 いっぽう、ビラをもらったアリは、その中の文言にショックを受けていました。「オランウータンを飼うことは法律違反です」おじのレストランには、店のマスコットとして1頭のオランウータンが飼われています。ジンジャー・ジュースと名づけられたそのオランウータンは、まだ小さいころには人間の赤んぼうのようにかわいがられ、遊びに来たアリやいとこと転げまわって遊んだりもしていました。しかし、大きくなるにつれて力が強くなり、ケージに入れておく時間がどんどん長くなり、今では体が大きくなりすぎてケージから出すこともできなくなっています。アリはできるだけ世話をし、話しかけてやったりするけれど、ジンジャー・ジュースの目を見るたびに罪悪感が胸を刺すことに気づいてもいて……。


 物語は、マリア、アリ、そしてジンジャー・ジュースが一人称で語る章が、かわるがわるに現れる構成。突き合わせの依頼を受けたとき、作品のテーマを聞いて、村上さんに「え、また難しそうなやつを~(笑)」と言い、オランウータンの語りが入ると聞いて、「え? え? オランウータンって、どんなふうにしゃべるの? っていうか、どうすんの???」と、心底心配したりもしましたが、そんなところも含めて、いろんな意見交換をまじえつつ、伴走させていただきました。その後に推敲を重ねてできあがった本では、三者の語りがあざやかに書きわけられ、インドネシアの町の、村の、熱帯雨林の空気さえただよったくるような、生き生きとした物語が立ちあがっています。


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